大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成8年(行ウ)230号 判決 1998年3月25日

東京都千代田区神田紺屋町二八番地

原告

株式会社ニッコー薬品

右代表者代表取締役

吉田進

右訴訟代理人弁護士

杉政静夫

東京都千代田区神田錦町三丁目三番地

被告

神田税務署長 塩見喜八郎

右指定代理人

清野正彦

堀久司

大野武治

斉木秀憲

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

平成五年一〇月一日から平成六年九月三〇日までの課税期間の消費税につき原告のした更正の請求に対し、被告が平成七年六月五日付けでした更正すべき理由がない旨の通知処分を取り消す。

第二事案の概要

本件は、原告が、平成五年一〇月一日から平成六年九月三〇日までの課税期間(以下「本件課税期間」という。)の消費税について、現金仕入れに係る消費税を控除対象仕入税額の計算から脱漏していたことを理由として、更正の請求(以下「本件更正の請求」という。)をしたところ、被告から、原告主張の現金仕入れは消費税法(平成六年法律第一〇九号による改正前のもの。以下「法」という。)三〇条七項の場合に該当するとして、平成七年六月五日付けで、更正すべき理由がない旨の通知処分(以下「本件処分」という。)を受けたため、その取消を求める事案である。

一  関係法令の定め

1  法は、事業者(法二条一項四号)が国内において行った資産の譲渡等(同項八号)には消費税を課すこととし(法四条一項)、事業の国内における課税資産の譲渡等(法四条一項)、事業者の国内における課税資産の譲渡等(法二条一項九号)については当該事業者に消費税の納税義務があることを規定する(法五条)。そして、その課税標準は、原則として、課税資産の譲渡等の対面の額(対価として収受し、又は収受すべき一切の金銭又は金銭以外の物若しくは権利その他経済的な利益の額とし、課税資産の譲渡等につき課されるべき消費税に相当する額を含まないまのとする。)とし(法二八条一項本文)、その税率を一〇〇分の三と規定する(法二九条)。一方、法は、事業者が事業として行う他の者(消費者又は免税事業者を含む。)からの資産の譲り受け等で、当該他の者が事業として当該資産の譲渡等をしたとした場合に課税資産の譲渡等に該当するものを課税仕入れとし(法二条一項一二号)、事業者が国内において課税仕入れを行った場合には、当該課税仕入れを行った日の属する課税期間(事業者が法人である場合は、事業年度。法一九条一項二号)の課税標準額に対する消費税額(法四五条一項二号)から、その課税期間中に国内において行った課税仕入れに係る消費税額(当該課税仕入れに係る支払対価の額に一〇三分の三を乗じて算出した金額をいう。)を控除する旨規定する(法三〇条一項。この税額控除を以下「仕入税額控除」という。)そして、法三〇条七項は、事業者が当該課税期間の課税仕入れの税額の控除に係る帳簿(以下「法定帳簿」という。)又は請求書等(法定帳簿と共に以下「帳簿等」と総称する。)を保存してない場合には、当該帳簿等の保存がない課税仕入れに係る消費税額については同条一項の規定を適用しない旨を規定し、同条八項一号は、課税仕入れに関しては、課税仕入れの相手方の氏名又は名称(同号イ)、課税仕入れを行った年月日(同号ロ)、課税仕入れに係る資産又は役務の内容(同号ハ)及び同条一項に規定する課税仕入れに係る支払対価の額(同号二)が記載されている帳簿をもって法定帳簿であると規定する。

二  争いのない事実等

1  当事者

原告は、東京千代田区神田紺屋町二八番地に本店を有し、医薬品の現金卸売業を営んでいる同族会社(株式会社)であり、法二条一項四号の事業者に該当する。

2  本件処分及び原告の不服申立の経緯(甲第一ないし第一〇号証)

本条処分及び原告の不服申立の経緯は、別表記載のとおりであり、その具体的事実関係は次のとおりである。

(一) 原告は、被告に対し、平成六年一一月三〇日、本件課税期間の消費税確定申告書を提出したが、その際、本件課税期間に係る商品仕入高にうち真実の仕入先を明らかにできない仕入れ(以下、右のような仕入取引を「仮名仕入れ」といい、本件課税期間に係る仮名仕入れを「本件仮名仕入れ」という。)の金額一億三三五一万六九〇〇円(税込金額。以下「本件仮名仕入金額」という。)に係る消費税額を仕入税額控除の対象としないで計算し、納税すべき税額を三〇九万五四〇円として申告した。

(二) 原告は、被告に対し、平成七年二月二八日、本件課税期間の消費税について、本件仮名仕入れに係る消費税額を仕入税額控除の対象として再計算すると、還付されるべき消費税の額が七九万三五〇〇円である旨の本件更正の請求をした。

(三) 被告は、後記のとおりの調査を行った上、本件更正の請求について、平成七年六月五日付けで、更正すべき理由がないとして、本件処分を行った。

(四) 原告は、本件処分につき、平成七年八月三日、被告に対し、異議申立てをしたが、被告は、同年一一月一日付けで、原告の異議申立てを棄却する旨の決定をした。そこで、原告は、同年一二月一日、国税不服審判所長に対し、審査請求を申し立てたが、国税不服審判所長は、平成八年七月一日付けで、原告の審査請求を棄却する旨の裁決をしたため、原告は、同年一〇月四日、本件訴えを提起した。

3  調査の経緯

被告は、本件更正の請求を受けて、その請求内容につき、被告所部係官である吉岡強統括国税調査官及び室野井幹夫上席国税調査官(以下、右両名を「吉岡統括官ら」と称する。)に調査を命じた(以下「本件調査」という。)が、本件調査の状況は次のとおりである。

(一) 平成七年五月二五日午後一時ころ、吉岡統括官らは、時前通知の上、原告の本店事務所に臨場し、原告代表取締役吉田進(以下「原告代表者」という。)、公認会計士村上健夫及び同会計士の事務所の事務員一名に対し、身分証明書及び質問検査章を提示し、所属部署、官職及び氏名を名乗り、本件更正の請求がなされたため調査に臨場した旨を告げ、本件更正の請求の内容及び理由を質問した。

(二) これに対して、原告代表者は、「薬問屋の仮名仕入れは慣習となっており、加えて、薬問屋は利益率の低いところで商売しているから、消費税の三パーセントは利益を圧迫するし、仕入先の真実の氏名又は名称を明らかにすると仕入先がなくなり、そのため会社が潰れてしまう。よって、被告は、その現状を認識し、仮名仕入れに係る仕入税額控除を認めるべきである。法人税については仮名仕入れを認めながら、消費税については仮名仕入れを認めないというのでは納得できない。」旨述べた。

(三) これに対し、吉岡統括官らは、仕入税額控除が認められるためには、仕入先の真実の氏名等を記載した帳簿の保存又は仕入先が原告に交付する請求書等の保存が必要であり、右帳簿又は請求書等の提示がなければ、右帳簿又は請求書等の不提示となり仕入税額控除が認められないことから、仮名仕入れに係る消費税の仕入税額控除は認められない旨を説明し、仮名仕入れに係る仕入先の真実の氏名等を明らかにするよう原告代表者に求めたが、原告代表者は、商売の信義上明らかにできない旨述べた。

(四) そこで、吉岡統括官らが、原告代表者に対し、本件仮名仕入れに係る帳簿又は請求書等の提示を求めたところ、原告代表者は、吉岡統括官らに対し、本件仮名仕入れに係る帳簿として、原告の本件課税期間の仕入れに係る帳簿(以下「本件仕入帳」という。)を提示し、本件仕入帳に記載された仕入れのうち、本件仮名仕入れ分は仕入先に○印が付されている仕入れであり、本件仮名仕入れは、市販の納品書に仮名の仕入先名及び仕入金額等を原告代表者が記載し、かつ、収入印紙を貼付したもの(以下「本件納品書」という。)から本件仕入帳に転記されており、本件仮名仕入金額一億三三五一万六九〇〇円は、本件納品書に記載された仕入金額の合計額である旨述べて、本件納品書も併せて提示した(以下、本件納品書及び本件仕入帳のうち本件仮名仕入れに係る記載部分を「本件帳簿」と総称する。)。

三  争点

本件においては、原告に本件課税期間の仕入れに係る法三〇条九項に規定する請求書等が存在しないことについては、当事者間に争いがないので、本件帳簿が法定帳簿に該当するのか否か(争点1)、信義則違反の有無(争点2)が争点となるところ、右各争点についての当事者の主張は、次のとおりである。

1  争点1(法定帳簿該当性)について

(原告)

(一) 法三〇条八項の規定する帳簿の記載事項は、仕入税額控除の適用要件ではなく、仕入税額控除の要件とされているのは帳簿の保存であり、したがって帳簿に課税仕入れの相手方の真実の氏名又は名称が記載されていなくても、課税仕入れの事実を認めることができるものであれば、仕入税額控除が認められるべきである。被告は、質問検査権の存在をもって、仮名による帳簿等が仕入税額控除の要件を満たないことの根拠として主張するが、消費税において、真実仕入れがあったことをもって、仕入れ税額控除の要件としては必要かつ十分であるというべきである。

また、消費税は、事業者に負担を求めるものではなく、税額分は事業者の販売する物品やサービスの価格に上乗せされ、最終的には、消費者に転嫁され、消費者が負担すべき税であり、生産流通の各段階で、二重、三重に課税されることがないよう、仕入税額控除が予定されているのであって、被告主張のような解釈に基づき仕入れ税額控除を否認することは二重課税となり、違法である。

さらに、被告主張のような解釈によれば、問屋が製品の小売価格を維持したいと考えるメーカーによる出荷停止を覚悟して領収書や請求書を発行しない限り、仕入税額控除ができなくなることになり、規制緩和に逆行し、消費者の利益を害することになる。

(二) 法三〇条八項一号イは、課税仕入の相手方の「氏名又は名称」と規定しているが、その実態を立証できないとの理由のみで仕入税額控除が認められないとする趣旨であれば、「氏名又は名称」のほかに「住所」を記載要件にしたはずである。また、法には、「実名」又は「仮名」という定義がないのであるから、「氏名」の意味内容が明確でなく、それが実名であるか否かの判定を、誰が、いつ、どのような方法で行うのかについての規定がない。したがって、法三〇条八項を被告主張のように解することは、租税法律主義、租税要件明確主義に反するものである。

(被告)

(一) 法三〇条七項の規定は、仕入税額控除が認められる要件として<1>課税仕入れ等に係る消費税額が真実存在することと共に、<2>法定の事項を記載した仕入税額控除に係る帳簿等が納税者により保存されていることを必要としていると解するべきである。そして、法が課税仕入れに係る帳簿等の保存を仕入税額控除の要件としたのは、その記載によって課税仕入れが真実存在するかどうかを確認するという真実性の制度的担保のためであり、法は、課税仕入れの存在については、仕入税額控除に係る帳簿等の記載による立証しか納税者に許容していないと解されるから、帳簿に記載すべき課税仕入れの相手方の氏名又は名称(法三〇条八項一号イ)は真実の記載であることを要するというべきであり、売上に対応する売上原価が適正である限り、仮名仕入れであっても、何らかの証拠方法により、費用性が立証されれば原価性を肯定し得る法人税の場合とは異なるものである。

(二) 帳簿に記載すべき課税仕入れの相手方の氏名又は名称(法三〇条八項一号イ)、が真実の記載であることを要することは、法が採用する申告納税制度及び税務職員の質問検査権という制度的な面からも、また、法三〇条八項、九項に規定する仕入税額控除に係る帳簿等の記載要件事項の内容、消費税法施行令(平成七年政令第三四一号による改正前のもの。以下「令」という。)五〇条に規定する仕入税額控除に係る帳簿等の保存期間及び保存場所の定めに照らし、明らかである。

2  争点2(信義則違反の有無)について

(原告)

税制改革法一七条二項は、平成元年九月三〇日までは、消費税になじみの薄い我が国の現状を踏まえ、その執行に当たり、広報、相談及び指導を中心として弾力的運営を行うものとする旨規定し、右規定の趣旨を受け、<1>平成元年九月三〇日までは、広報、相談、指導を中心に税務を執行し、納税者の不慣れによる計算の誤り等が生じることを十分考慮し、加算税はとらない、<2>平成元年九月三〇日までに支出される経費については、原則として現在の勘定科目のままで容易に消費税の計算をし得るようにする、<3>平成元年九月三〇日までの間の売上及び仕入れについては、帳簿の記載事項を簡略化する等の措置が講ぜられていたが、平成元年九月三〇日以降も当然、広報、相談及び指導は引き続き納税者に対して行うべきものであるところ、原告を含む薬品卸売業界に対して、被告による指導が行われ、原告は、これらの指導に基づいて、同業者との勉強会等で情報交換を行い、消費税の申告に誤りなきよう努めてきたところである。しかし、この間、被告の原告に対する税務指導ではもちろんのこと、同業各社に対する調査又は指導においても、現金仕入れに係る仕入れ税額控除が認められないとの指導は一切なく、原告は平成元年四月一日以降、仕入税額控除の適用があるとの前提で仕入取引を行い、本件課税期間の前年度まで、本件更正の請求におけるのと同様の方式により、仕入税額控除をして消費税の申告をしてきた。この方式は、神田税務署管内に所在する現金仕入薬品問屋が一致して、かつ、平成元年から平成四年まで継続して採用してきたものであり、この間、被告から、右方式につき、誤りがあるとか、是正すべきといったいかなる指導も行われたことがなく、逆に、右方式による仕入れが仕入税額控除の対象となるものとして、無条件に認容されてきたのであって、原告を含む薬品卸売問屋の間では、右方式が適法なものであるとの確信が形成されていたものである。しかるに、被告は、平成五年に至ってはじめて、売主実態を立証できない帳簿では、仕入税額控除がみとめられないとの、従前の指導とは異なる新たな見解を主張しはじめたものであって、そのような見解に基づきなされた本件処分は、禁反言の法理に反し、信義則に反するものであって、違法である。

(被告)

納税申告は、納税者が所轄税務署長に納税申告書を提出することによって完了する行為であり、税務署長による申告の受理及び申告税額の収納は、当該申告書の申告内容を是認することを意味するものではない。したがって、被告が、本件課税期間以前の課税期間に係る原告の消費税の申告書を受理し、これに対して仮名仕入取引に係る税額には仕入税額控除が認められない旨の見解に基づく積極的な指導をしなかったとしても、これをもって、右申告書の申告内容を是認するとの公的見解を表示し、又は表示したものと同視できるもではない。

原告は、本件調査以前に、本件課税期間以前の平成元年一〇月一日から平成二年九月三〇日まで、同年一〇月一日から平成三年九月三〇日まで同年一〇月一日から平成四年九月三〇日までの各課税期間に係る消費税に関し、平成四年五月から平成四年五月から平成五年一月にかけて被告が行った調査に基づき、仮名仕入れに係る消費税額を仕入税額控除の対象とすることができないことを十分認識しており、右更正については、原告は、異議申立てをしていない。

したがって、仮名仕入れに係る消費税額を仕入税額控除の対象とすることができる旨の公的見解の表示も、かかる取扱いへの信頼も生じていなかったら、本件処分につき、信義則の法理が適用される余地はない。

四  証拠

本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

第三争点に対する判断

一  法定帳簿の意義及び本件帳簿の法定帳簿該当性の有無

(争点1)について

1  法三〇条一項は、事業者の課税仕入れ(法二条一項一二号)に係る消費税額の控除を規定するが、右規定は、法六条により非課税とされるものを除き、国内において事業者が行った資産の譲渡等(事実として対価を得て行われる資産の譲渡及び貸付け並びに役務の提供をいう。法二条一項八号)に対して、広く消費税を課税する(法四条一項)結果、取引の各段階で課税されて課税が累積することを防止するため、前段階の取引について生じた消費税額を控除することとしたものである。その際、課税仕入れに係る適正かつ正確な消費税額を把握するため、換言すれば真に課税仕入れが存在するかどうかを確認するために、法三〇条七項は、同条一項による仕入税額控除の適用要件として、当該課税期間の課税仕入れに係る帳簿等を保存することを要求している。また、令五〇条一項は、法三〇条一〇項の委任に基づいて、同条一項の規定の適用を受けようとする事業者について同条七項に規定する帳簿等を整理し、当該帳簿についてはその閉鎖の日の属する課税期間の末日の翌日から二か月を経過した日から七年間、これらを納税地又はその取引に係る事務所、事業所その他これからに準ずるものの所在地に保存しなければならないと規定する。右のような法三〇条七項の趣旨並びに令五〇条一項において帳簿の保存年限が税務当局において課税権限を行使しうる最長期限である七年とされていること及び保存場所も納税地等に限られていることからすれば、法及び令は、課税仕入れに係る消費税額の調査、確認を行うための資料として帳簿等の保存を義務け、その保存を欠く課税仕入れに係る消費税額については仕入税額控除をしないこととしたものと解される。

2  そして法三〇条八項が「前項に規定する帳簿とは、次に掲げる帳簿をいう。」と規定していることからすれば、同条七項で保存を要求されている帳簿とは同条八項に列記された事項が記載されたものを意味することは明らかであり、また、前記1において説示した同条七項の趣旨からすれば、右記載は真実の記載であることが当然に要求されているというべきである。

なお、法三〇条八項の記載事項が単に一般的記帳義務の内容を規定するものにすぎないとすれば、法三〇条中に規定する理由はないというべきであるし、課税仕入れに関する一般的な記帳義務の内容は法五八条及び令七一条に基づく一般的な記帳義務の記載内容を定めたものと解することはできない。

3  原告は、法人税の場合には、仮名仕入れであっても損金と認められ得ることをもって、消費税においても、課税仕入れの存在が認められれば、仮名仕入れであっても仕入税額控除が認められべきであると主張するが、法人税の場合には、費用収益対応の見地から、当該事業年度の収益に対応する売上原価の存否及び範囲(法人税法二二条一項、三項)が調査の対象とされ、右対応関係が認められる場合に損金とされるのに対し、消費税の仕入税額控除においては、そのような対応関係の有無及び範囲が問題となるのではなく、消費税が取引の各段階で課税されて課税が累積することを防止するため、前段階の取引について生じた消費税額を控除することとし、その際、課税仕入れに係る適正かつ正確な消費税額を把握するため、換言すれば真に課税仕入れが存在するかどうかを確認するために、適用要件として、当該課税期間の課税仕入れに係る帳簿等を保存することを要求しているのであって、その目的を異にしているのであるから、右原告の主張は採用することはできない。

4  さらに、原告は、課税仕入れの真否を調査確認するためにその相手方の真実の氏名又は名称が記載要件とされているのであれば、住所の記載も要件とされるはずであると主張する。確かに、適切な課税及び微税に納税者の協力が不可欠であることはいうまでもないが、適切な課税及び微税に有効であるからといって不利益な効果を伴わせて納税者にどこまでの協力を義務付けるかは、当該課税の対象に係る取引の実情、納税者の負担、課税庁における人的、物的の調査能力、一般的に収集が可能と想定される資料の内容等といった諸事情を考慮して決すべき立法問題である。したがって、課税仕入れの相手方の氏名又は名称に加えて住所、所在地をも記載させることは記載事項の真否を確認する上で便宜であることは否めないが、それを欠くが故に、帳簿に記載された課税仕入れの相手方の氏名又は名称が真実であるかどうかを確認することができないというものではなく、取引に際して交付を受ける納品書、請求書、領収書等又は納税者の協力を得るなど他の方法によって記載の真実性を確認することも可能であり、法三〇条八項も、事業者に過大な事務負担を強いることがないようにとの見地から住所の記載を要件としなかったにすぎないというべきであるから、原告の主張は失当である。

5  なお、課税仕入れ等の税額の控除に係る帳簿等の記載事項に関する経過措置(令附則一四条)については、経過措置という位置づけから明らかなように、新制度が導入された当初の不慣れによる混乱を防止する経過的措置として設けられたものにすぎないから、既に右経過措置に定められた弾力的運営期間(平成元年九月三〇日まで)を過ぎた本件課税期間において、法三〇条七項、同条八項一号イを適用しても何ら不公平であるとはいえないことは明らかである。

6  原告は、仮名記載の帳簿等では仕入税額控除を認めないとすると、二重課税となり違法であると主張するが、仕入税額控除を認めない場合には課税が累積することは原告主張のとおりである。しかし、原告が負担する消費税の納税義務は原告の行った課税取引により生じるものであって、仕入先の行った課税取引に係る消費税とはその原因を異にするから、同一原因による課税が重複するものではない。

そして、仕入税額控除が認められない場合に生じる課税の累積は、法の予定するところであり、次に説示するとおり、これを違法というべきものではない。

7  原告は、右のような解釈を租税法律主義違反であると主張するが、法三〇条七項は、課税仕入れに係る適正かつ正確な消費税額の把握が要求されることから真に課税仕入れに係る消費税が存在するかどうかを確認するため設けられた規定であって、右立法目的を達成するために仕入税額控除に係る帳簿等の保存を仕入税額控除の要件とすることも一つの合理的な方法というべきである。そして、課税仕入れに係る適正かつ正確な消費税額を把握する手段として、右以外のものも考えられなくはないが、課税仕入れに係る相手方の特定を求めることが少なくとも右立法目的に沿うものであることは明らかであり、また、災害その他やむを得ない事情により法三〇条八項所定の事項を記載した法定帳簿の保存をすることができなかったことを当該事業者において証明した場合には、仕入税額控除が可能とされていること(法三〇条七項ただし書)に照らせば、法三〇条八項所定の事項を記載した法定帳簿の保存を義務付けるという方法も、右立法目的の達成のために必要かつ合理的のものということができる。したがって、法三〇条七項ただし書の場合に該当せず、右の証明もしなかった事業者が結果的に仕入税額控除を受けられなくなることがあるとしても、これをもって違法であるということはできない。

そして、前記のとおり、法定帳簿の記載事項のうち法三〇条八項一号のイの「氏名又は名称」は「真実の氏名又は名称」を意味するから、右規定が租税法律主義、課税要件明確主義の要請に反しないことは明らかである。

8  本件帳簿は、前記のとおり、市販の納品書に仮名の仕入先名及び仕入金額を原告代表者が記載し、収入印紙を貼付した本件納品書から本件仕入帳に転記するという方法で作成されており、法三〇条七項で保存が要求されている法定帳簿に該当しないことは明らかであって、原告には法三〇条一項の適用はないというべきである。

二  信義則の適用の有無(争点2)について

1  租税法律関係のおいて、信義則の適用があるのは、納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分に係る課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情が存する場合に限られる。そして、右事情が存するかどうかの判断にあたっては、少なくとも、税務官庁が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示したことにより、納税者がその表示を信頼しその信頼に基づいて行動したところ、後に右表示に反する課税処分が行われ、そのために納税者が経済的に不利益を受けることになったものであるかどうか、また、納税者が税務官庁の右表示を信頼しその信頼に基づいて行動したことについて納税者の責めに帰すべき事情がないかどうかという点の考慮が不可欠である(最高裁判所昭和六二年一〇月三〇日第三小法廷判決・判例時報一二六二号九一頁)。

2  これを本件についてみるに、前記のとおり、法定帳簿に課税仕入れの相手方の真実の氏名又は名称を記載すべきことは法三〇条七項、八項の文理自体から明らかであるところ、被告が原告に対し、法定帳簿における相手方の氏名又は名称の記載が真実でない場合であっても仕入税額控除に関する規定が適用されるという公的見解を積極的、明示的に表明したという事実を認めるに足りる証拠は存しない。そして、仮に平成四年までは、仮名仕入取引に係る税額には仕入税額控除が認められない旨の被告の公的見解が積極的に明らかにされたことがなく、税務調査においても右のような見解に基づく税務指導がなされたことがなかったとしても、これをもって税務官庁が原告に対し法定帳簿の仮名記帳に係る課税仕入れについて仕入税額控除が認められるとの公的見解を表示したとか又は表示したのと同視することはできない。

3  したがって、仮に原告が仮名記帳に係る課税仕入れについて仕入税額控除が認められると信じたとしても、そもそも被告による公的見解の表明があったといえない以上、右信頼は租税法律関係における納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお保護しなければ正義に反するといえるようなものではないことは明らかである。

第四結論

以上のとおりであるから、本件処分には違法は認められず、原告の本訴請求は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 富越和厚 裁判官 團藤文士 裁判官 水谷里枝子)

別表

処分の経緯(自平成五年一〇月一日至平成六年九月三〇日課税期間の消費税額)

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例